私のAV女優人生の始まり

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先日、このようなツイートをしました

 

 

 

18歳の頃、新宿のアルタの脇にある道でスカウトをされたのが

私の過去、『AV女優 沢口まりあ』の誕生でした

 

 

このツイートは #いい熟女の日 に私の名前を書いて下さった方へのお礼も込めて、私のAV人生の始まりを簡潔に書いたものでした

 

 

写真に写っている道は新宿駅から歌舞伎町へ向かう時に通る道なので、都内在住の方も地方からいらした方も、多くの方が通ったことのある道なのではないでしょうか?(*˘ ˘*)

 

 

今の私、48歳

1972年8月19日生まれ

 

 

1991年9月、19歳になってすぐに『AV女優 沢口まりあ』はデビューし、そこからAV女優人生が始まりました

 

 

1991.夏頃 18歳でAV撮影開始

1991.9   AV女優 沢口まりあデビュー

1992.8  ストリップ劇場にてAV踊り子 沢口まりあデビュー

1993? 劇場の仕事から逃げる

しばらくひっそり暮らす

1997、8  結婚出産

2018.12  綾瀬麻衣子AV再デビュー

今に至る

 

 

私のAV女優人生が始まったのは約30年も前のことです

 

 

でも不思議と若かりし頃の楽しかった記憶は鮮明に覚えているのですよね

 

 

今さらですが、そんな過去の話を詳しく書いてみたくなりました

 

 

正確には『SOD女子社員 綾瀬麻衣子』は今までも何度も書こうと思っていたのですが

万が一SODに迷惑がかかってしまっては嫌だし…

深く話すこと…特に文字にして残すことには躊躇していました

 

 

それがいろいろ想いの変化があり

 

 

『私』をココに残したい!と

過去の話を詳しく書いてみたいと思い始めたのです

 

 

と書いたものの、どこからお話しようかなぁ、、、

 

 

思いつくところからお話しましょうか?😌

 

 

SODのYouTubeでも話したことはあるのですが、私の家は厳しくて、小さい頃から私は自由になりたいといつも思っていました

 

 

幼少期は父が毎日のように散歩に連れていってくれ、おでんのはんぺんを食べたり、帰りには大好きなショートケーキを買って帰宅したり🍰❤️

 

 

体が弱く友達のいなかった私を自転車の後ろに乗せて、近所中をまわり

同じぐらいの年齢の子を見つけては

「この子と友達になってくれないかな?」

と話しかけていました

 

 

こう書くとお嬢様みたいなイメージに思えるかも知れませんが、実際は違います

 

 

いつの日からか父親は酒飲みで暴力こそ振るってこないものの、私は常に怒鳴られ、否定され、言葉の暴力を受けていました

 

 

母親は神経質で

『お父さんがうるさい(怒鳴る)からやめてー!』と

お父さんの逆鱗に触れないように私に静かにしていろと金切り声で騒いでいました

 

 

『家が厳しいから自由になりたい』はとても体の良い言葉で

実際は

『コイツ(父親)殺したい!!!』

でした

 

 

夜寝る前、布団に入ると眠りにつくまで

父親を殺すシュミレーションをしていた時期もありました

 

 

そんななかでもなんとか母親は助けようと

2階の部屋から母親を抱えて飛び降り、着地できるか?もシミュレーションしていました

 

 

今思うとなぜ2階から飛び降りるのか不明ですが

小さい頃は真剣だったんですよね

 

 

のちに父親はアルコール依存症で閉鎖病棟に入院しました

手足を縛られ、オムツをされ、わけのわからない言葉を発し・・・

この話は重く長くなるので今日は割愛しますが

AV女優を選んだ理由と実は深く関係があると思っているため

いつの日かまた書きますね(*´`*)

 

 

今日はここまでにします

 

 

またねーー💖

 

 

綾瀬麻衣子

 

 

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